原宿駅を降りてすぐ、五条は「おまたせー」と片手をあげながらガードレールに腰をかける一年生たちに声をかける。せっかくの新しい制服は少しだけ白いペンキが移っていた。私は五条の足元を猫の姿で歩きながら、隣にいる黒いツンツン頭に強烈なデジャブを感じていた。ただしこんな人通りが多いところで猫が人語を話すわけにもいかないし、「あなたとどこかで会ったことありますか?」なんて陳腐なセリフは口が裂けても言えない。違和感を感じながらもじっと見るだけに留めた。
「五条先生、そんな猫飼ってましたっけ?」
「ああ、恵は昨日会ってないんだった。この子はねー特級呪具の名前ちゃん!よろしくね~」
脇から私の身体を無遠慮に持ち上げ、左前足を左右に動かしてくる五条に怒髪天を浮かべるが、五条の術式により体をひっかくことすら叶わない。私の本気の攻防は傍から見れば猫とジャレているようにしか見えない。これが対格差か、神はなぜこんな奴に二物どころか三物四物与えたのだと嘆いていると、スカウトマンに絡む少女の声が聞こえた。
「俺たち、今からあれに話しかけんの?ちょっと恥ずかしいなあ」
「チッ、おめえもだよ」
「おーいこっちこっち」
有り体に言えば気の強そうな少女、というのが第一印象だった。顎のラインで切り揃えられたショートヘア、意志の強さを表すローズウッドの目、スカウトマンに気後れせず絡んでいく姿勢。ふと目を伏せる。虎杖も、伏黒も、この名も知らぬ少女も、呪具である自分とは比べ物にならないほど輝いて見え、どうにも居心地が悪かった。
少女の荷物をコインロッカーへと仕舞い、改めて向き直る。少女は尊大不遜な表情を崩さず自己紹介をした。
「釘崎野薔薇。喜べ、男子。紅一点よ」
「俺、虎杖悠二。仙台から」
「伏黒恵」
釘崎は続けてため息を吐く。ちらりと視線だけ私に寄越したが、私のダイクロイックアイに気付いたのか驚いたように話しかけてきた。
「えっ!なにこのレア猫、ロシアンブルー?」
「そうだよ、野薔薇。これからよろしくね」
「喋る猫とかファンタジー、これが東京…」
「まあ喋るパンダもいるからね」
人語を介す動物が私のほかにいると、聞き捨てならないことを五条がこぼす。マジ?と思わず聞くと、マジと返答された。同じ呪具なんだろうか、それとも呪骸?なんにせよ一度会って話してみたいとまだ見ぬパンダへ思いを馳せた。
—
五条の話をすっかり信じ込み、東京観光の気持ちになっていたが連れてこられた場所は呪霊の気配が漂う廃ビルだった。釘崎と虎杖が廃ビルに向かうと決定したところで、五条は虎杖に呪具「屠坐魔」を与える。ここぞ私の出番かと言わんばかりに、私も体を大鎌へと変化させて「虎杖なら私を使う許可を与えるよ」とフンと鼻を鳴らした。
「名前はだめ、僕と恵と一緒に待機ね」
「なぜ…」
「今回は実力確認も兼ねてるから」
「はーつまんないね」
廃ビルに二人が入っていく姿を見届けた後、猫の姿に戻り、伏黒の肩に飛び移る。伏黒は驚いて半歩後ろに下がったが、体勢を崩すことは無かった。五条が不満げな顔をしていたが、どうせ術式を解くことはないのだからと無視を決め込む。
「この猫、珍しいですよね。こんな目の猫初めて見ました」
「ふふ、このダイクロイックアイは私の自慢なんだよ」
「ダイクロイックアイ?」
「1つの目に2つの色があるでしょ。グラデーションにもならず、このように真っ二つに2色ある瞳のことをそういうんだ。特に色素の薄い白猫は発現しやすいんだよ、私はグレーだけど」
「僕より綺麗な目なんて初めて見た」
「ブレない厚かましさだね。けど五条の瞳が綺麗なことは認めるよ」
「まー最初に言ってたし。空を砕いたような瞳だ、って。何の口説き文句かと思ったよ」
「聞こえていたんだね」
少し照れた様子で五条から顔を逸らした。あの時こぼした言葉は私の本心だった。晴れた空を砕いたような瞳に雲のような純白の髪。私にとって彼は酷く眩しい存在に感じた。夜明け前の一番暗い時間帯、暁闇を落とし込んだような宿儺とは大違いだ。そして、私のように人工的に作られた呪具とも。目を伏せると、長いまつ毛が美しい虹彩に影を落とした。
1匹、廃ビルから出てきた呪霊がいたが、結局野薔薇が仕留めて事なきを得た。廃ビル内にいた子供を五条と伏黒が送り届けたころには、すっかり日は落ちて、みかん味の飴みたいに柔らかな夕日が辺りを包む。晩御飯の算段を付けるくらいには打ち解けた彼らを最後尾を歩きながら遠目で見つめる。
「いつだって、世界は残酷だね。まだ私にこんな夢を見せるのだから」
「ん?名前、何か言ったか?」
「いや、こっちの話だよ。それよりお寿司は高い方が———」
「お前猫だろ」
「伏黒くんは失礼だね。人間になればいいんでしょ、そのぐらい変化できるから」
言い放つと同時に蜃気楼のようにゆらゆらと猫の境界がぼやける。少しすると、灰色の髪の婀娜な雰囲気を持つ女性がそこに佇んでいる。伏黒は目を見開きじっとその姿を見つめた。
「なあに、もしかして惚れちゃった?」
「ばっ!驚き過ぎて呆けてしまっただけです」
「ざんねん」
からかうような口調のまま、物憂げな笑顔で言う。伏黒と名前だけ、先頭組と距離が空いてしまっていた。小走りで合流しようとする名前を目で追いながら、続いて走り出す。「誰この人!?」と驚いた釘崎の声が耳を掠めたが、目を見て先ほどの猫だと認識できたようですぐに落ち着きを取り戻した。
「なんで急に人間になっちゃってんの、名前」
「伏黒くんが気になるみたいだから」
「何言ってるんですか!からかうのもいい加減にしてください。猫は寿司食べれないって言っただけです!」
「慌てると怪しいぞ~、伏黒~」
わたあめみたいに甘いきらきらした空気に私はやわらかく笑った。
茨に棘がある理由
(叶わないって知ってたから、本気でぶつかる勇気なんてなかったけど)