先程まで雨が音を立てていたというのに、今ではどこかから滴る水音がする。早朝の雨上がりというのは実に人に余韻を残してくれるものだ、と心の何処かで思った。遠くで鳥の囀りと蟋蟀だか鈴虫だかの鳴き声が美しく響く。そして時折走る車の音が、この美しい空間から私を現実に連れ戻した。隣にいつまでも居座っている息をしていない男を見て、恍惚とした溜息のようなものを、私は吐いた。美しい赤い髪を持ち、閉じられたその双眸は赤い髪とは対象的に蒼く、澄んでいる。美しいその瞳がもう光を放つことはない。蒼白くなってしまった頬に赤みが差すことはもうない。その事実が酷く私を落胆させると同時に、この男は私の腕の中で息絶えた事実に何ともいえない火照りを内側に感じた。
ふと、空を自由に飛んでいる烏が目に入った。あの鋭い眼光は今まさに獲物を狙うために輝きを放っているのだろうか。暫くその烏を見つめていると、宙を飛んでいた小さく美しい鳥目掛けて一気に距離を詰め、いとも容易くその鳥の羽根を砕いた。そのまま美しい鳥は落下していき、烏もその後を追いかける。コンクリートの地面でぼとり、という鈍い音がした。烏は緑かがった黄色の羽毛を嘴で器用に毟り、露になった柔らかな肉に喰らいついた。美味しいのかなあ、とぼうっと考え、夢心地に似た気分になりながら近くにあったナイフで隣の息絶えた男の胸を削いだ。想像していたより硬かった。やはり普段食べるような豚や牛などは柔らかいんだなあと関心し、次はどこを削ごう、と考えてすぐに、首元から臍の辺りまでナイフを入れた。そして見えた、桃色の、綺麗な丸い心臓を手で包み込み、引っ張りあげる。ブチブチと細い血管が千切れるのが分かった。ある程度引っ張りあげたらナイフで未だ繋がっている血管を一気に切る。断面から勢い良く飛び出してきた血が私を濡らした。口角が上がるのを我慢出来なかった。そして血液を含まない心臓は少し小さいように見えた。私はそれを大切に、大切に味わいながら咀嚼する。口の端から血が垂れることも気にせず、ただ只管それを愛して。
ごくり、と最後の一口を飲み込んだ彼女は正に心此処に在らず、と言った状態だった。私はぼうっとしながら口周りに着いた血を舐めた。そしてまだ硬直が始まっていない男の唇を抉じ開け、激しいキスを交わした。ねっとりと舐めあげるように歯列をなぞる。舌が喉元に落ちてしまっているのか、彼の舌で遊ぶことは出来なかった。しかし女は満足そうな顔でこう言うのだ。
「レノ」
あいしてる、と。
笑わなくなった恋人