勝己くんに首を舐められてから数日、あれから勝己くんの家には行き辛くなっていた。しかし、家に行かずに勝己くんが私の家に来てしまうのは流石に困るので、少し経ったらまた訪れようと考えていたころ。
冷蔵庫に食材が無くなったが、スーパーで買い物をして自炊をするような気力もなく、私は外に出る支度をして近所のコンビニに向かう。外は秋特有の残暑を残しているが、夜は少し肌寒い。上着を着てこなかったことを後悔しながら自動ドアをくぐる。店内を一瞥し、おにぎりと、サラダを手に持つ。なんの気なしに向かったお菓子コーナーにはビルボードチャート上位ヒーローが景品のコンビニくじがあった。そういえば勝己くんはオールマイトが好きだったな、なんて思いながらくじの景品を見つめる。景品の1等はやはりオールマイトだった。あげたら喜ぶかな、なんて考えて、普段は買わないコンビニくじをレジで購入した。
カウンターでくじの箱に手を入れてごそごそと漁ると、硬い質感の紙の角が手の甲に柔く当たる。透視の個性だったらくじの中身が分かるんじゃないかと思いつつ、そんな個性などない私は自分の直感でくじを引くと、紙には「1等」と書かれていた。
「えっ」
「これが1等の景品です」
驚く私に特に反応を示さず、店員は事務的に景品を渡す。当たってしまった、いや当てる気はあったがまさか本当に当たるとは思わず驚いてしまった。会計を済ませた後、景品を手に持って出口に向かおうとしたところ、熱い視線を感じて目線を下げる。深い緑色の髪の少年がこちらを見つめていた。いや、こちらというか、主にオールマイトフィギュアを。もしかしてこの子もオールマイトのフォロワーなのだろうか。しかしこれは私ではなく勝己くんにあげる予定のオールマイトだ。心を鬼にして自動ドアに向かって歩く。
「あ…」
少年の視線を背中にビシバシと感じる。私の陸眼で背中を向けていたとしても後ろの様子は丸わかりだった。泣きそうな顔でこちらを見ている。どうにも、幼稚園児に泣かれそうになると私は弱い。もしかしてショタコンなのだろうか。いやいやそんなわけないまだ見ぬ母性が…と謎の言い訳をしながら少年の元に戻った。
「あげる」
「ほんと!?」
ぱあああっと太陽のような笑顔でこちらを見る少年。なんというか、最近はずっと勝己くんの不機嫌な顔を見てきたせいで、こんな純粋な反応をされると少し対応に困る。
「、いいよ。私はそんなに欲しいわけじゃないから」
「やったああ!ありがとう、お姉さん!」
そう、私は、欲しいわけではない。恐らく勝己くんは欲しがるかもしれないが、勝己くんには知らせなければオールマイトの存在は分からない。この目の前の少年がこんなに欲しそうにしているというのに、私には無視することはできなかった。
「じゃあね」
—
久しぶりに会った勝己くんはいつも以上に不機嫌な顔をしていた。というか、少し怒っていた。定位置の膝の上にも乗らず、少し離れたところに座り込んでいる。四つん這いになり、「勝己くんどうしたの~?」と声を掛けて頭を撫でようとするが、パシンと小さな手に弾かれてしまった。
こういう時の子供ってどうすれば…と子供の扱いに慣れない私は戸惑ってばかりだったが、とりあえずこのままにするのは良くないよな、と背中から勝己くんを抱きしめる。まだ拗ねている様子の勝己くんは抵抗したが、ぎゅうっと少し強めに抱きしめれば抵抗をやめた。
「デクにあっただろ」
「デク?」
「おれと同い年の、緑のぼさぼさのかみ」
そもそもそんなに人と会う機会もなかったため、その特徴の人物はすぐに思い当たった。まさか知り合いだったとは。オールマイトをもらったことを勝己くんに言ってしまったのだろう。しかしなぜその人物が私だと分かったんだろう、と思ったところで、私の疑問に答えるように勝己くんが口を開く。
「白いかみの、きれいなお姉さんって言ってた」
自分の特徴的な容姿をこれほど恨んだことはない。しかしここでとぼけようものなら、勝己くんの機嫌を更に損ねてしまうに違いない、と徐々に勝己くんの性格を把握していた私は考えを巡らせ、素直に謝る。
「ごめんね。どうしてもオールマイトが欲しいって言うものだからさ」
「…え」
「…え?」
己の頭脳は理解できない状況であってもすぐに判断を下すことが出来る、我ながら優れた脳だった。そんな頭脳が瞬時に墓穴を掘ったことを理解させてくる。デクくんはオールマイトのことまで話してはいなかったんだろう。完全に墓穴を掘ってしまったし、私の一言で勝己くんもオールマイトをあげたことを理解してしまったようだ。勝己くんが聡い子だとは思っていたが、そこは鈍くあってほしかった。
「なんか、あげたの」
「う、うん。くじの景品をね。たまたま当たっちゃって」
「ずるい!デクなんて、無個性で、おれよりすごくないのに!」
「また今度、何かプレゼントしてあげるから、許して」
「今!今じゃないと許さない!」
おりこうさんな勝己くんにしては珍しく癇癪を起こしていた。今と言われても、すぐにプレゼントなんて用意できそうにない。くじの1等なんてまた当てられる気はしないが、デクくん以下のものをあげて満足してくれるとも思えなかった。
「うーん。勝己くん、やっぱり今すぐには難しいな。また今度、勝己くんの好きなものなんでも用意してあげるよ」
「…なんでも?」
「…用意できる範囲でなら」
「じゃあ、名前がほしい」
刹那、思考が止まる。これは「私、お父さんのお嫁さんになる!」という幼少期特有の例のアレなのだろうか。いや、そういう意味だったら良いが、ここ最近の勝己くんの行動がやけに恋人のするソレのようで、僅かばかりの警戒心を抱く。ヒーロー科志望が幼稚園児に警戒するという何とも情けない状況になりながら悶々と考えていると、勝己くんが「だめ?」と涙を溜めて聞いてきた。
勝己くんはもしかして私がこの顔に弱いことを知っているのかも…なんて考えがよぎったが、そうだとしたところで断るのは良心が痛む。いやこれは幼少期のアレで少し経てば忘れているに違いない。そもそも「ほしい」と言われただけで恋人になれだとかお嫁さんになれだとかそんな具体的なことは言われていない。もしかしたら本当にただの所有物かもしれない(ただの所有物って何だ)。そんなこんなで自分を無理やり納得させた私は観念して「わかった」と呟いた。
それまでの拗ねていたのが嘘のように急に勝己くんは上機嫌になり、ニコーっと花が咲くような何とも嬉しそうな顔で私に笑いかけた。どういうつもりだかは結局分からないが、そんな顔をしてくれたことが嬉しくて、私もふわりと笑い返す。勝己くんはピシリと石化したように固まってから照れた様子で私に凭れ掛かって、唇にキスをする。あまりにも自然に行われたそのキスに今度は私が固まった。
「あのね、勝己くん。こういうことは好きな子としなくちゃいけないんだよ」
「おれは名前のこと好きだからいい」
あまりにもストレートな愛の言葉に胸が詰まる。動揺して目がぐるぐると回ってしまっていた。この子は本当に幼稚園児か。もしかして前世持ちの人生二周目なのか、なんて現実味のない現実逃避を行う。
「そっか…」
その後、勝己くんはキスやハグを繰り返し、私は考えることを放棄していた。気付けば夕方に差し掛かり、「もう帰るね」と胸に顔を預ける勝己くんに言う。
「うん」
珍しく駄々をこねずに私を解放する勝己くん。体力的には問題ないが、精神的に何やら色々削れたような気がする。爆豪家の面々に顔を合わせ、挨拶をしてから帰路に着いた。
所有物
