勝己くんと約束した週の土曜日、私は勝己くんの家までやってきた。時間は特に伝えていなかったが、お昼時をずらして14時に訪れる。手ぶらというのもどうかと思ったので、近所にある老舗の和菓子屋でおいしそうな栗きんとんを手土産に買ってきた。
インターホンを鳴らすと、カメラから確認したのか勝己くんがドアを開く。「はやく、」と家の中に入るように急かしたが、私は少し緩慢とした仕草でドアノブを手に取った。
リビングには光己さんと、勝己くんのお父さんと思わしき男性がいた。男性に頭を下げ、多少のあいさつを交わし、手土産を手渡す。
「美味しそうな栗きんとんがあったので。是非食べてください」
「わざわざ悪いね、ありがとう!」
光己さんはニコっと人のよさそうな笑みを向ける。笑顔に釣られて私もふわっと笑うと、光己さんは少し驚いたような顔をしていた。そのあとすぐに勝己くんに腕を引っ張られ、挨拶もそこそこに勝己くんの部屋に向かった。
勝己くんの部屋は綺麗に整理整頓されていたが、幼稚園児らしく床にはいくつかのおもちゃが散らばっている。壁にはオールマイトのポスターが貼られており、その時初めて勝己くんがオールマイトが好きなんだと知った。小さな男の子は誰でもオールマイトが好きだよなあ、なんて思いながら、勝己くんに手を引かれてベッドに座る。
すっかり定位置になった膝の上に勝己くんは陣取り、向かい合わせになって私の眼をじっと見つめる。
「な、なにか?」
「わらって」
「…え?」
「わらえ」
勝己くんのお願いはいつだって強引だ。2回目は完全に命令形。何も面白いこともないのにどうして笑えようか。うーん、と少し困った顔をしてにへら、と口を緩めて笑う。
「ちがう」
「さっきみたいにわらって」
まさかの否定だ。必死で笑ったのに違うと言われて意気消沈する。さっき笑ったか?なんて思い出しながらなんとか笑顔を作るも、全て勝己くんに否定された。
「はあ、」
幼稚園児にため息を吐かれる状況がどれほどあろうか。この短い付き合いで分かってはいたが、なかなかに気難しい性格らしい勝己くんの要望を満たすことはできなかったようだ。
「ごめんね?あ、勝己くんはオールマイト好きなんだね」
「うん、好き」
居たたまれなくなり無理やり話題を変える。壁に飾られたポスターに目を見やりながらそう問うと、勝己くんは私の眼をじっと見つめたまま答える。何故だか告白されているような気持ちになって、私は更に居たたまれなくなった。
「そ…っか。人気だよね、オールマイト」
「オールマイトみたいなヒーローになるんだ」
「勝己くんならなれるよ」
当然だろと言わんばかりにふんと鼻を鳴らす勝己くんがかわいくて頭をなでる。心地いいのか、更に密着するように私の腰に腕を回してきた。それから私と勝己くんは他愛もない話をした。主に勝己くんの幼稚園のこと、ヒーローウエハースを買ったらオールマイトが当たったこと、無個性のデクくんのこと。私はうんうんと聞いてばかりだったが、勝己くんにはそれで良いみたいだった。
しばらくすると眠くなってきたのか勝己くんは目を擦り出した。「眠いの?」と聞くが、「ううん」としか返事がない。ゼロ距離の身体に手を回し、一定のリズムで背中をぽんぽんと軽くたたく。話し疲れたのか、お昼寝の時間なのか、勝己くんはぐっすりと寝てしまった。良く寝るなあ、と勝己くんの寝顔を眺めていたら、私もいつの間にか寝てしまっていた。
—
目が覚めたら目の前に赤い瞳があった。顔の距離は10cmほどで、かなりの至近距離だ。勝己くんはパーソナルスペースが狭い子なのかなあ、なんて思いながら、「勝己くん、」と少し掠れた声で呼ぶと唇に柔らかい感触があった。固まる私をわき目に、勝己くんは林檎みたいに顔を赤くしている。
「おれの、」
「名前ちゃーん!時間大丈夫ー?」
勝己くんが何かを言いかけた時、階段の下から光己さんの声が聞こえた。返事をしようと、少し上体を起こそうとするが、ベッドから動くなと言いたげな勝己くんは体重を私の肩にかける。
「あ、もうすぐ帰りますー…っ!」
無理やりでも起きることはできるが、勝己くんの無言の意志を無視することもできず、そのままの姿勢で少し大きめの声を出す。が、言うや否や再度口に柔らかい感触。最近の子供はマセてるなあ、なんてのんきなことを思っていたら、考えが見抜かれたのか赤い顔がどんどん不機嫌になり首を噛まれた。
「わっ…」
割と容赦なく噛まれた首は少し痛んだ。もしかしたら跡になっているかもしれない。流石に「こら、」と怒ると勝己くんは泣きそうな顔になって噛んだ箇所を舐め始めた。
「んっ、舐めなくていいから、勝己くん、ちょっと離れて」
贖罪のように首を舐める勝己くんであったが、正直逆効果だ。ただ、どうやら反省しているらしい様子で、涙を目に溜めながらされたら怒るに怒れない。
「もっ…勝己くん、やめて…っ」
流石に幼稚園児に何も感じることはないとはいえ、背徳感を非常に感じる。少し顔を赤らめながら勝己くんに言う。勝己くんの瞳にたまっていた涙は引っ込み、嬉しそうな顔でこちらを見てほほ笑んだ。
何という幼稚園児だろう。嵌められた感が多少あるが、とにかくこれ以上勝己くんと一緒にいると色々とまずい気がしたので勝己くんの両脇に手を差し込み、ベッドから降ろす。私も立ち上がり、ショルダーバッグを肩にかける。
跡になっているかもしれない首元を髪で隠しながら階段を降り、光己さんとその旦那さんに多少のあいさつをして玄関を出た。陽はすっかりと落ちて、生ぬるい風が肌を撫ぜる。舐められた首についた唾液が冷えてひやりとした。
赤い首輪
幼稚園児とは?
