「余命、1週間」
幼児用の粉薬をまぶしたみたいに真っ白な部屋で寝かされていた。数か月前に宣告された病気の名前は急性骨髄性白血病。強力な薬の副作用のせいで自慢の黒髪は抜けてしまった。今は頭にお気に入りの青いバンダナを巻いて、様変わりしてしまった頭部を隠している。
昨日、空がオレンジ色に染まる時間。あまりに早い余命宣告をされて以降、私は余命を指折り数えながら生きている。医師の余命宣告通りの日付に死ぬかどうかは分からないが、どうしたって数えずにはいられなかった。
昔から映画や漫画は最後の展開を友達に聞いてから観るのが好きだった。臆病な私は知らない物語はどうしようもなく不安で、とにかく情報を集めたがった。だから今も私は自分が死ぬまでの日数を数えて、知らない運命に進まないように必死になっているんだろう。例えそれが目を逸らしたくなるような運命だとしても。
朝から晩まで無菌室にこもっている。白血病患者に外出許可が下りることはなかったが、もう一度海が見たかった。生暖かい潮風に吹かれながら砂浜をはだしで歩く、絡まった髪を手櫛で整えて幸せに笑う自分を何度も想像した。
ちらり、と私は窓の外を見た。分厚い硝子越しに見えるのは群青の海では無く、海の青を何倍も薄めた空色。いつしか私は、ベッドに横たわりながら羨望のまなざしで空を見上げることが癖になっていた。
いつものように空を見つめていた刹那。
「てん、し……?」
6枚の翼を生やした人間が佇んでいた。滑空する速度は鳥のように早く、一瞬しか視界に入らなかったため天使かと思ってしまった。恐らく、この科学が発達し過ぎた世界の能力者だ。
私は【対象解析(ターゲットポリグラフ)】という超能力を所持している。この能力は、自分の指定した対象の情報を読み取ることが出来る能力だが、所持する人はあまりいない。病院生活で有り余った時間を使って能力使用や勉強をしていたところいつのまにかレベルは4になっていた。先ほどはあまりに一瞬だったため能力を使う暇がなかったが、先ほどの人は一体何者なんだろうか。もう一度見えたら今度こそ能力を使ってみようと頃に決める。
その願いが神に届いたのか、六枚羽の天使が泳ぐように上空を飛んでいた。
------------------------ 対象解析開始 ------------------------ 垣根帝督 能力名:未元物質 学年都市第2位の能力者 学年都市の暗殺組織スクールのリーダー アレイスター計画の第2候補 ------------------------
明らかに知ってはいけない情報が混ざっていることは火を見るよりも明らかだった。額に冷たい汗が伝う。好奇心に負けて能力を使用したことを恐ろしく後悔していた。
コンコンと、硬質なガラスをたたく音が聞こえた。私は驚き、病室の窓に目を向けた。口の動きから六枚羽の天使が何か話していることが分かるが、無菌室の窓ガラスは分厚くこちらへと声は届かない。声が聞こえない状況に少し安堵したのもつかの間、次の瞬間私の病室に彼が移動した。明らかに平時とは違う緊張感の漂う空気に、指先が冷たくなる。
「お前、俺に能力使っただろ。能力名は?」
「…対象解析です」
「レベル」
「4です」
そう言った途端、相手の目が鋭くなったのが分かった。
「どこまで知っている」
「…」
「これで最後だ、どこまで知っている」
「…答えたら、生かしてくれますか」
「ハッ、自分の状況考えてから…」
「私!!」
弱気だった人間が突然声を張り上げて驚いたのか、彼の体は少しだけ揺れた。
「私、もう死ぬんです」
そう告げた時、相手の顔が強張ったのが分かった。そして彼は周りを確認するように見渡す。今更無菌室という特殊な病室に気付いたようだったが、頭に巻かれたバンダナもあって彼が病名を推測するのは難しいことではなかった。
「…白血病か」
「そうです。余命1週間です」
少しの間静寂が訪れる。1分ほど経過したころだろうか、彼の電話が鳴った。通話から漏れて声が聞こえる。内容までは分からないが、相手は切羽詰まった声色で話していた。
「…ッチ、分かった、待機しとけ」
「…急ぎなら行って来てください」
言葉を発すると垣根さんはこちらを睨みつける。
「私は逃げませんよ、もう死ぬんですから。それに、」
「…なんだ」
「……いえ」
私の言葉は続かなかった。
気づいてほしいと願いながら、気づかれてしまうことを恐れる
(もう、私は生きられない)
