01. 出会い

宿儺の器、虎杖悠仁は呪術高専に入学するため学長がいる場所を目指していた。人数が少ない割に敷地面積は広いが、優れた肉体能力を持つ虎杖と五条は気にすることもなく石畳の上を歩く。宿儺と五条、どちらが強いのかという虎杖の質問は少し不安の声色が混ざっていた。飄々とした様子の五条が勝つさ、と断言した時、緊迫した空気には場違いな涼やかな声が響いた。

「宿儺、受肉したんだね」

「ん?」

予想外の声に、虎杖は胡乱な面持ちで声の発生源を見る。突然目の前に現れた女の瞳は右半分と左半分で色が異なっており、人間なのか疑わしいほど美しい光彩。灰色の少し乱れた髪が女の神秘性をより浮き彫りにしていた。頬から宿儺が口を出現させて言葉を発する。

「その目、お前名前か。はあ、愉快愉快。まさかお前がいるとはな」

「やーびっくりしたな、宿儺が受肉した気配がしたから何事かと来てみたら、まさかの器が現れてたなんて。1000年振りの友、忘れられていたらどうしようかと思っていたよ。今度酒でも飲もう」

「お前の目は1000年経っても忘れぬわ。この小僧を乗っ取った暁には、盛大に酒盛りでもしよう」

旧友との再会で謎の猫と宿儺は場違いな盛り上がりを見せたところで、五条が目隠しを少しずらし、瞳を細めて猫に問う。

「お前、何?僕の六眼で分からない術式なんて無いはずなんだけど」

女は今気づきましたと言わんばかりに五条に目を向け、じっと目を見つめる。「空を砕いたような瞳だ」。ささやくような声で発せられたが、確かにそれは五条の耳に届いた。しかしその感想に悠長に答えようとする余裕は無く、質問された内容に答えようとしない様子の女に五条は猜疑心を積もらせる。

「五条家の六眼か。私は名前」

「ふざけるなよ、僕が聞きたいのは名前じゃない。きみ、本当に人間?」

「ああ、そういうこと。私は人間じゃないよ、呪具」

何てことはないように話しているが、普通の呪具は人の姿になることはない。かつてないほど荒唐無稽な話だが、六眼で見破れない術式など存在しないという事実が女の言葉を肯定する材料となっていた。そもそも想定に入れていなかったが、女の呪力は確かに呪具のそれに似ている。

「なるほどね、呪具か」

「わかってもらえたのなら何より。怪しいもんじゃないからさ、少しの間高専にいてもいいかな?」

「いや宿儺の友人とかどう見ても怪しいもんだよ」

五条は女に向き直る。等級は不明だが、自立して動く呪具というだけで特級相当と予想できる。術式は不明だが役に立つはずだ。貴重な戦力をここで追い出すようなことは避けたい。少しの逡巡を経て五条は口を開いた。

「いいよ。ただし術式を開示しろ、それが条件だ」

「…。特級呪具、アーティファクト・サイス。大鎌の形状をしていて、刃に触れたものの魂を強制剥奪する」

「どういうことか全然よくわかんねえけど、要は触れただけで死ぬってこと?」

「ふふ。宿儺の器、まったく素直で関心するよ。そうだね、私の刃が降れただけで相手を殺すことが出来る。それも魂を引き剥がしてね」

「こっわ!おねーさん、そんなこと出来んのかよ!」

虎杖の素直な反応に口元を緩める。真正面からその顔を見た虎杖は、浮世離れした顔立ちに見とれ、顔を赤らめた。五条は満足げに頷くと「一緒についてきて」と言い放ち、学長の元へ向かった。


 

夜蛾学長に元に連れられ、挨拶もそこそこに虎杖と呪骸との戦闘が始まった。宿儺いないとつまらないなあと、髪を指に巻き付けながら時間を潰す。チラ、と五条を盗み見るが、先ほどみた美しい瞳は目隠しに覆われ見ることが叶わなかった。名前は落胆しながら、虎杖に目を向ける。いつの間にやら戦闘は終わり、虎杖は呪術高専への入学を認められていた。

「———で、こっちはさっき拾った呪具。一応説明しておくと高専未登録の特級呪具で、人に擬態できる」

「お前はまたそんな特殊なものを…」

「まあ特級呪具拾いましたって上に適当に言っといて」

苦労している様が夜蛾という人物から伺える。どうやら五条が突拍子もないことを言うのは今回が初めてではないらしい。説明もそこそこに立ち去ろうとする五条に、それでいいのかと困惑しつつも後をついていく。扉から体が半分出た状態で五条は「あ、所有者は僕ってことにしておいて」と夜蛾に言い、扉を閉めた。夜蛾の深いため息がその場に響いた。

話も終わったことだし、高専探索でもしようかと考えていたところ、考えを見透かされたようなタイミングで五条が話しかけた。

「と、いうわけで、名前は僕と一緒に来てもらうから」

「えーやだよーどうせなら宿儺と一緒がいいよー」

「宿儺と友達の特級呪具なんて二人にさせるわけないでしょ~」

「旧友との再会だってのに、世知辛い世の中だね。まあ、別に貴方のこと気に入ったし、一緒に行動するのは問題ないけど」

私は猫の姿に変化すると、足に呪力を溜めて跳躍力を上げ、五条の肩に飛び乗った。しかし、持ち前の無下限術式によって前足が肩に触れることはなく、肩で運んでもらう作戦を諦めてそのまま足元へ降りる。刃が触れたら魂が剥奪される、という術式があるから警戒するのは理解できるし、正しい反応だと思うが、胸が針を刺されたみたいにチクりと痛んだ。やはり初手で宿儺に話しかけたのが失敗だったかと今更後悔するも、時すでに遅し。

「ごじょーさとるのばかー」

「ハイハイ、じゃあ家帰るよ」

「家まで着いて行かなきゃいけないの?これでも体のつくりは女だよ」

「大丈夫大丈夫、見慣れてっから」

半ば八つ当たりの罵倒を零すと、見慣れているとの返事。それは枕詞に「女なんて」が付くんだろうか、何て奴だごじょーさとる。宿儺が受肉してようやく暇が潰せると思ったのに、こんな監視が付くなんて。五条と出会ってさほど時間は経っていないが、長生きしてるだけあって——そのうち半分以上は封印されていたのだが——人間性は理解できる。傍若無人を体現したような性格のくせ、頭が切れて抜け目ない、それに今の発言から女性に誠実でない可能性もある。一緒に暮らしている家に女を連れ込む男、その光景を想像してげんなりした表情になる。いつの時代も男女関係は面倒ごとの種、五条の家にいる時は猫の姿でいようと決心した。

いつの時代も男女関係は以下同文。五条家の者にも関わらずあまり実家には帰っていないらしく、高専の近場に賃貸をかりているようだ。帰宅して早々にベッドに女と思わしき影が横たわっていた姿が見え、即座に寝室のドアを閉めた。部屋は適度に散らかっており生活感を感じさせる。綺麗好きな私は掃除したい衝動に駆られたが、猫の姿で広い部屋の掃除はできない。ため息を付きながらも、どうすることもできずジレンマは鬱蒼とした気持ちへと姿を変えて心に収まる。

棒立ちしているのも居心地が悪いため、ソファに腰を落ち着けたが、人より優れた猫の臭覚が行為独特の生臭さを捉えた。小さく舌打ちし、気分転換にバルコニーに出る。五条はマンションの高層階に住んでいたが、足に呪力を溜めて飛び降りればこの高さでもどうにか外に出られるだろう。最悪足が折れたとしても、私の胸の石が傷つかなければいくらでも再生する。そう結論付け、私はひな鳥が初めて空へ飛び立つ時のような晴れやかな気持ちでパルコニーの手すりから飛び降りた。

「…あぶっ…な…」

確かに私はバルコニーから飛び降りたはずだが、何故だか五条の胸に抱き留められていた。意味が分からず真上にある顔を見上げるが、目隠しに覆われていて真意が読めない。

「離してよ」

「嫌だ、僕のバルコニーから飛び降り自殺なんて勘弁して」

「飛び降り自殺?私は呪具、人間とは違う。死なないよ」

「普通にエレベーターを使って降りれば良いじゃん。そんな自殺志願者みたいなことしなくても」

「猫がエレベーター乗ってたら変だよ、最近ペットの誘拐って流行ってるし」

口の減らない猫に痺れを切らした様子の五条は「とにかくダメだから」という理不尽な理由で部屋に戻り、バルコニーの鍵を掛けた。猫の姿だと鍵が開けられないと侮っているが、私は一瞬だけでも人の姿になれば別にバルコニーに出られる。意味がないことは五条といえど理解しているはずだ、と考えたところであの生臭い臭いが消えていることにふと気づく。

「掃除でもした?」

「ああ、さっきの女が帰るときにね」

そう一言返す五条の表情は未だ読めない。私に配慮してくれたのだろうか、と一瞬考えたが、いやいやただの呪具の私に配慮なんてと心ですぐ否定する。私は人間ではない。呪具だ。特急呪具、アーティファクト・サイス。魂を刈る者。自惚れた考えを打ち消そうとするように、呪具としての自分を言い聞かせるように、心の中で呟いた。

出会い

(孤独な最強と孤独な猫)

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